トロッコ問題は些細な問題、だと思う。

自動運転車がだんだんと現実味をおびてくるにしたがって、注目を集めている話題があります。それは「トロッコ問題」。

トロッコ問題ってどんなものかというと、哲学の質問です。詳しくはWikipediaのトロッコ問題のページを見て下さい。
トロッコ問題 - Wikipedia

トロッコ問題ってのは、自動運転車で言えば、危険が間近に迫っていて、「まっすぐ突っ込んだら5人死ぬ。ハンドルを切ったら1人死ぬ。ハンドルを切るか?」という判断をどうするかという問題です。どちらにしろ死人が出るのが確実な状態の時、自動運転をどう制御するかということ。

これは、確かに興味を引くし、かなり議論を巻き起こすでしょう。そして、そのプログラムを組む自動車メーカーとしても辛い気持ちで決断を下すことになるんだろうと思います。

ただ、これってあんまり現実問題としては影響しないんじゃないかなと私は感じます。

というのも、自動運転車なら、そんな切迫した状況になる前に、減速しているだろうと思うから。そりゃそうです。自動運転なんだから、人間みたいにうたた寝したりせず、絶えず進路をカメラで見張ってます。そして、遠くに障害物が見えてきたら、それなりに減速し始めるはずです。

もちろん、このトロッコ問題のような状況はゼロにはならないだろうとは思います。でも、人間が運転しているよりも、たぶん交通事故の死者は圧倒的に減るでしょう。

なので、全体としてはあんまり私は心配してないし、たぶん自動運転車が市販されたら、まず間違いなく交通システム全体の死者はずっと減るんだから、いいじゃん!と思ってます。上記のトロッコ問題では功利主義的ということになるのかな。

なので、こういうこれまで経験しなかった価値判断を迫られることにはなるけれども、迷ったら全体に立ち返ってみて、「でも、自動運転を導入した方が、死ぬ人は減るよね?」って考えてほしいなあ、と思います。人によって感じ方は色々違うだろうけどね。私はそんな感じに考えてます。